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最高裁判所第三小法廷 昭和62年(オ)1385号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人松本昌道の上告理由について

係属中の別訴において訴訟物となつている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは許されないと解するのが相当である(最高裁昭和五八年(オ)第一四〇六号同六三年三月一五日第三小法廷判決・民集四二巻三号一七〇頁参照)。すなわち、民訴法二三一条が重複起訴を禁止する理由は、審理の重複による無駄を避けるためと複数の判決において互いに矛盾した既判力ある判断がされるのを防止するためであるが、相殺の抗弁が提出された自働債権の存在又は不存在の判断が相殺をもつて対抗した額について既判力を有するとされていること(同法一九九条二項)、相殺の抗弁の場合にも自働債権の存否について矛盾する判決が生じ法的安定性を害しないようにする必要があるけれども理論上も実際上もこれを防止することが困難であること、等の点を考えると、同法二三一条の趣旨は、同一債権について重複して訴えが係属した場合のみならず、既に係属中の別訴において訴訟物となつている債権を他の訴訟において自働債権として相殺の抗弁を提出する場合にも同様に妥当するものであり、このことは右抗弁が控訴審の段階で初めて主張され、両事件が併合審理された場合についても同様である。

これを本件についてみるのに、原審の確定した事実関係は、次のとおりである。すなわち、(一) 被上告人は、上告人に対し、右両名間の継続的取引契約に基づくバトミントン用品の輸入原材料残代金等合計二〇七万四四七六円及びこれに対する昭和五五年一〇月七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めて本訴を提起し、(二) これに対し、上告人は、同六〇年三月一一日の原審第一一回口頭弁論期日において、本件原審と同一部である東京高等裁判所第一民事部で併合審理中であつた、上告人を第一審原告、被上告人を第一審被告とする同高裁同五八年(ネ)第一一七五号、第一二一三号売買代金等請求控訴事件において、被上告人に対して請求する売買代金一二八四万八〇六〇円及び内金一二三〇万八〇六〇円に対する同五四年七月一四日から、内金五四万円に対する同年九月二六日から各支払済みまで年六分の割合による遅延損害金請求権をもつて、前記(一)の債権と対当額で相殺する旨の抗弁を提出した。右事実関係の下においては、上告人の右主張は、係属中の別訴において訴訟物となつている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張するものにほかならないから、右主張は許されないと解するのが相当である。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立つて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 坂上寿夫 裁判官 貞家克己 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)

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